「何を買うか」ではなく「誰から買うか」の時代 「経営者による情報発信」が、消費者の共感を呼ぶ!?

働き方

近年は多くの商品やサービスがコモディティ化し、その差別化が難しくなっています。そんな中で、消費者は「何を買うか」よりも「誰から買うか」を重視していると言われています。商品やサービスがどのような想いでどうやって生まれたのか、誰が作っているのか、消費者はその背景にある「物語」を知りたがっています。そこで、経営者自身の言葉での情報発信が注目されているのです。今回はこの経営者の情報発信について、注目される背景やメリットデメリット、発信のポイントから、中小企業で発信に成功している事例まで詳しくご紹介します。

「経営者の発信」が注目される背景

ここ数年、中小企業を中心に経営者が自身の言葉で想いやビジョンを発信するケースが増えています。一体なぜなのか、その背景について探ってみましょう。

「何を買うか」より「誰から買うか」を重視

近年は「コモディティ化時代」とも呼ばれ、商品やサービスの差別化が難しくなっています。さらには、インターネットの普及によって、商品やサービスに関する情報は消費者自身が調べられるようになりました。また、SNS上には実際にそれを使用した人の口コミなども溢れています。

そんな中で、消費者は「何を買うか」よりも、「誰から買うか」を重視していると言われます。創業の経緯や、その事業で解決したい社会課題など、消費者は商品・サービスの背景にある「物語」を知りたがっているのです。近年「共感マーケティング」が注目されているように、企業は、消費者の感情を揺さぶり共感を得られる情報を、積極的に発信していく必要があります。

社内への情報発信に課題

「経営者の想いが社員に伝わらない」ことを、課題に感じる企業が増えていると言われています。株式会社IDEATECHの企業のレポート発信に関する調査(2023年)を見てみましょう。「事業を推進していく上で、自身の思いや考えが社員に伝わらない・伝わっていないなど、もどかしさを感じたことはありますか」という問いに対して、

◎何度もある…62.5%

◎数回程度ある…29.2%

◎一度だけある…2.1%

◎一度もない…6.2%

という結果になりました。実に、全体の9割以上が一度は「伝わらない」と感じたことがある計算になります。

筆者は、経営者の想い、つまり理念やビジョンの浸透に成功されている企業を取材する機会が多くあります。そういった組織は社員とのエンゲージメントが高く、離職率も低いという傾向があります。さらには、理念やビジョンに共感した社員が、同じ方向を向いて主体的に業務に取り組んでいる、という特徴もあります。経営者の想いを社員に伝えることは、組織を動かすための重要なベースとなっていると感じます。

【出典】【あなたの思い、社員に伝わっていますか?】事業を推進していく上で、93.8%が「自身の思いや考えが社員に伝わらないもどかしさ」を経験/PR TIMES

経営者自身が発信するメリット・デメリット

それでは、具体的に経営者が発信するメリット・デメリットについてまとめてみます。

メリット

メリットとしては、以下の点が挙げられます。

◎ビジョンや理念への共感が得られる

◎優秀な人材や、目指す方向性が同じ人材と出会える

◎経営者の頭の中が整理される

まず、経営者自身が「なぜこの会社を創業したのか」「なぜこのビジネスを進めているのか」など、理念やビジョンに繋がるエピソードを発信することで、そこに共感した人たちが「ファン」となり、商品やービスの顧客に繋がります。

また、経営者の発信は「採用」にも有効です。特に少人数で運営する中小企業は、経営者の考え方や方針が非常に重要です。そこに共感して入社すれば、採用ミスマッチも起きづらく、人材も同じ価値観で幸せに働くことができます。

また、既に経営者として発信されている方がよく言うのが「頭の中が整理される」ということです。情報発信は、自分の頭の中にあるものをアウトプットするという事。考えを「文字」にする事によって頭の中がクリアになり、これまでの振り返りや、今後の戦略が立てやすくなるというメリットがあります。

デメリット

次に、デメリットとして以下の点が挙げられます。

◎多忙な経営者に発信する時間的余裕が無い

◎発信内容次第では、企業イメージを下げることも

一つは、そもそも経営者に時間的余裕が無く、負担が増えてしまうことです。発信を始められたとしても、それが中途半端に終わってしまうというケースも少なくありません。

また、SNSの企業アカウントの炎上などと似ていますが、発信内容次第では消費者をがっかりさせたり、商品やサービスのファンを失ったりすることもあるでしょう。

極端な例ですが、数年前に大手化粧品メーカーのトップが、オンラインショップ上に差別的な内容の文章を掲載しました。SNS上で多くの批判を集め、消費者による不買運動が起こり、それまで提携していた多くの自治体もそれを解消したりするなど、大きな波紋を広げる結果となりました。

経営者が発信する際のポイント

それでは、経営者が発信する際にどのような点に注意すれば良いのでしょうか。

人となりを知ってもらう

まずは、自己紹介です。創業までの経緯や、その過程での苦労話、なぜ現在のビジネスをスタートさせたのか、解決したい課題は何かなど、自身の言葉で語ります。経営者としての人となりを知ってもらう、人としての魅力を伝えるフェーズです。経営者の写真とともに紹介すると、より効果的でしょう。

企業のビジョンを語る

前段の自己紹介や創業の経緯を踏まえた上で、ビジョンを語ります。例えば、このビジネスによって、現在日本が抱える社会課題を解決したいとか、頑張ってくれている社員の物心両面での幸せを追求したい、などです。理念やビジョンについては、ホームページなどに掲示されているものと同じ内容では意味がありません。なぜ、そのビジョンを掲げているのか、そこに至った背景や、具体的にどうその目標に到達しようとしているのかを語ります。

情報発信を細く長く続ける

「続けること」も大切です。頻度が高いことが共感を呼ぶ訳ではありませんが、続けることでその想いの強さが伝わります。例えば、入社しようと思った会社の経営者ブログを読んだ時、続きがあるはずなのに更新されておらず、かつ数年前のものだったら…読む人はどんな印象を抱くでしょうか。経営者発信をするのであれば、覚悟を決めて定期的に「続ける」、もしくは「途中で終わっている感」を出さない、などの注意が必要です。

宣伝に偏り過ぎないよう注意

「人」として発信することになるため、商品やサービスの宣伝色が強くならないよう注意が必要です。「人」が見えるだけに、そこに宣伝文句や強い勧誘の言葉が並ぶと「売りつけられそう」など、ネガティブな感情が生まれてしまいます。宣伝は「最小限」に抑えましょう。

経営者発信の成功事例

それでは、実際に経営者が発信することで成功している事例を見ていきましょう。

フルカイテン株式会社/瀬川直寛氏(大阪)

在庫分析クラウド「FULL KAITEN」を開発・提供するフルカイテン株式会社の瀬川CEOは、自社のnoteで自身の生い立ちから創業経緯までを時系列で紹介しています。輝かしい学生時代、会社員時代を経て、3度の倒産危機を経験。そのどん底の経験の中での葛藤や、感じたこと、決意などを赤裸々に語っています。また、現在展開しているビジネスはその苦い経験から生まれたものであることから、そこにはしっかりと「物語」があり、読む人の印象に残るエピソードとなっています。個人としてもX(旧Twitter)アカウントを運用しており、随時更新される自社noteのシェアや、日々の商談、プライベートで感じたことなどを発信しています。

【参考】フルカイテン株式会社note
https://note.com/fullkaiten_re/

【参考】瀬川直寛氏X(旧Twitter)
https://twitter.com/FkSegawa

株式会社笏本縫製/笏本達宏氏(岡山)

従業員数10名程度の岡山の小さな企業ながら、笏本達宏社長のX(旧Twitter)のフォロワーは3.1万人以上を誇ります。町工場や小規模企業としての課題、自身が日々考えたこと、感じたことから、社会への問題提起など、包み隠さず日々つぶやきを投稿しています。また、顧客との交流の中で感動したエピソードなどを配信したところ反響を呼び、メディアで紹介されることも。それらの投稿に共感し、県外から注文する顧客も多いそうです。

※フォロワー数は、2023年8月末時点

【参考】笏本達宏氏X(旧Twitter)
https://twitter.com/shakunone

株式会社ironowa/武藤浩司氏(東京)

東大卒の不動産会社社長である武藤氏が、自身のうつ病体験や親族間トラブル、融資の撤回など、過去の紆余曲折について赤裸々に語っています。その他にも、会社のある街の魅力などを含め、月2回のペースで更新されているnoteは、少しずつ読者が増えていきました。時には街の人々から感想が届いたり、物件の内覧に来た人から「noteがきっかけでこの街に住もうと思った」と声をかけられたりと、確実に人との接点が生まれるツールとなっています。
この他にも、noteで発信を始めたことで「僕たちの取り組みに共感してくださる方、協力の意思表示をしてくださる方が目に見えて増えたのが、何よりも嬉しい変化」と語られています。

【参考】武藤浩司氏note
https://note.com/ironowa_ba2021/n/n236e34815c94

【おわりに】

いかがでしたか?筆者も、最近中小企業の経営者の方から「経営者自身の発信をサポートしてほしい」という依頼を受けることが増えてきました。まずはインタビューで経営者の話を聴き、それをnoteなどにまとめ、少しずつ発信していく方法です。どの方も仰るのが、目的は発信だけでなく「自分の頭の中の整理」だということ。そのため、「経営者が発信する」と言えど、必ずしもご本人が執筆するのではなく、社内の広報担当者や、外部の編集者がヒアリングして文字に起こす、という方法がお勧めです。なぜなら、内容や発信そのものについて客観的な視点を持てるからです。「共感の時代」とも言われる昨今、これからのビジネスでは社長の魅力を知ってもらうことが、企業価値向上の鍵となるのかも知れません。

この記事を書いたひと

三神早耶(みかみさや)

大学卒業後、広告代理店に入社。企画営業と制作進行管理を兼務。その後、出版社でコンサルティング営業、国立大学でeラーニングツールの運営や広報サポートなどを担当し、2016年よりフリーライターに。経営者向けウェブメディア等で、経営者インタビュー、組織改革、DXなどについて取材・執筆。