国も推進する【人的資本経営】とは?取り組むメリットや、導入に必要な3つの視点、企業事例までご紹介

働き方

2020年に経済産業省が発表した「人材版伊藤レポート」によって、一気に注目を集めたのが「人的資本経営」です。これまでのように従業員を「資源」と捉えるのではなく「資本」とし、その価値を最大化。最終的に企業価値向上に繋げることを言います。今回は、人的資本経営の概要と注目される背景、企業の取り組み状況や、取り組むメリット。そして、導入する際に必要な「3つの視点」、実際の取り組み事例まで詳しくご紹介します。

人的資本経営とは

まず、人的資本経営とはどのような経営手法なのでしょうか。

人的資本経営の概要

経済産業省は「人的資本経営」について「人材を“資本”として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」と定義しています。

これまでの企業経営は、ヒト・モノ・カネ・情報を「4大経営資源」として捉えていました。そもそも「資源」とは「広く、産業上、利用しうる物質や人材」という意味の言葉です。一方で「資本」は「商売や事業をするのに必要な基金。もとで。」(いずれも、デジタル大辞泉より)という意味。これまでは「企業が人材を利用する」という立場だったものが、「人材は事業のために必要な、元となるもの」という捉え方に変わったという事になります。

【引用】人的資本経営/経済産業省

なぜ注目されているのか

以前より、一部の企業では人的資本経営が取り入れられてきましたが、注目されたきっかけは2020年9月に経済産業省が発表した「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会の最終報告書(人材版伊藤レポート)」です。これは、人的資本経営を導入する際の問題意識、経営陣などが果たすべき役割とアクション、企業が人材戦略を進める上で必要な「3つの視点」「5つの共通要素」を、一橋大学CFO教育研究センター長である伊藤邦雄氏が具体的にまとめたものです。

伊藤氏は、企業を取り巻く環境の変化スピードが増していくなかで、今後目指すべきビジネスモデルと人材戦略のギャップが拡大していると危惧しています。そんななか「持続的な企業価値向上」の実現のために、経営戦略と人材戦略の連動が必要不可欠としています。

【参考】持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~/経済産業省

企業の取り組み状況

それでは、実際にどの程度の企業が取り組みを進めているのでしょうか。

HR総研の調査「人的資本経営・開示の現状に関するアンケート(2023年)」を見てみましょう。企業の人事責任者・担当者(有効回答:221件)を対象に、「人的資本経営の取り組み状況」を聞いたところ、

◎安定的に取組みを継続中…14%

◎取組みを開始した段階…24%

◎取組みへの準備中…13%

◎取組みを検討中…22%

◎取り組む予定はない…28%

という結果に。準備を含め、実際に取り組んでいるのは51%と半数を超えています。また、同調査では人的資本経営の取組みレベルが高い企業は「社員のウェルビーイング」を重視している傾向があるとしています。ウェルビーイングとは、肉体的、精神的、社会的に全てが満たされた状態のことを指す言葉です。

【出典】人的資本経営・開示の状況に関するアンケート2023結果報告/HR総研

人的資本経営を導入するメリット

企業が人的資本経営を導入するメリットとしては、以下の点が挙げられます。

適材適所や生産性の向上に繋がる

先ほどご紹介したように、人的資本経営では「人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出す」ものです。そのため、人材のスキルの見える化や強みを的確に把握し、パフォーマンスの最大化を目指します。それにより、適切な人材配置が実現でき、人材のモチベーションが向上するだけでなく、生産性もアップします。

優秀な人材の採用

「人的資本経営に注力する企業」となる事は、企業イメージの向上にも繋がります。企業イメージがアップすれば、優秀な人材の獲得や、既存社員とのエンゲージメント向上も見込めます。人手不足が叫ばれ、また「人材は資本である」とも言われる時代において、優秀な人材を確保できるというメリットは、企業存続のために大きな意味を持つと言えます。

ESG投資において評価が上がる

近年、投資家の間で注目されているのが「ESG投資」です。そもそもESGとは環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)のことを指します。投資家は、投資先企業のESGに関する取組みを評価し、その上で投資先を決定します。

人的資本経営はこの「社会(Social)」の部分における評価対象となります。特に人材に関する取組みが注視され、具体的にはダイバーシティやワークライフバランス等の視点で評価されます。人的資本経営にしっかり取り組む事で、多くの投資を集められる可能性が高まるという訳です。

人的資本経営を導入する際の「3つの視点」

それでは、人的資本経営を導入する際のポイントを「人材版伊藤レポート」を参考に見ていきましょう。同レポートでは、人的資本経営を推進するための「3つの視点」が提唱されています。

経営戦略と人材戦略を連動させる

まず、経営戦略と人材戦略の連動です。このために、CHRO(Chief Human Resource Officer)の設置、課題の抽出、KPI設定、人事と事業の役割分担の検証、「人材」に関するKPIを役員報酬へ反映させる…などの具体策が提示されています。

「目標」と「現状」のギャップを把握する

次に、ギャップの把握です。これを実現するため、人事システムの導入・整備などによる人事情報基盤の整備、目標達成までの期間設定、定量的に把握する項目の整理などが必要とされています。

企業文化を定義し、それを浸透させる

これは人的資本経営以外でも必要な事ではありますが、理念やパーパスを設定し、それを浸透させること。理念やパーパス実現のために、社員がどう行動すれば良いのかを紐づける事などが必要とされています。

【参考】持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~/経済産業省

人的資本経営の導入事例

最後に、経済産業省発表のレポートを元に、人的資本経営の企業事例をいくつかご紹介します。

旭化成株式会社

同社では、まず「経営戦略」を実現させるために、必要な人材の「量」「質」を明確化しました。そして、それを毎年更新し、M&Aを含めたさまざまな方法で人材を確保しています。まさに、伊藤レポートで提唱されている「3つの視点」を遵守していると言えます。また、独自のエンゲージメント調査を定期的に実施し、社員のモチベーションや成長に向けた行動を測定。社員と組織、両方の成長を目指した活動に取り組んでいます。

オムロン株式会社

同社では、企業理念を浸透させるため、社員が自ら理念に基づいた目標を設定しそれに沿った取組みを進めています。また、多彩な人材の能力を最大化させるため、そのスキル・経験・志向を可視化するための人事情報システムを整備しています。こちらも、伊藤レポート「3つの視点」を元に取り組みを進めている事が分かります。

株式会社サイバーエージェント

同社は、オウンドメディアでも「人材が大きな競争力であり、企業成長の源泉」とその考えを公開しています。人的資本経営を実現させたポイントとしては、事業拡大に合わせて、社内外の人材含めた組織的なリスキルで必要な人材ポートフォリオを確保したこと。若手の積極的な登用など、年齢・役職・部門を超えて声を挙げやすいチャレンジングな風土づくりに成功していること。そして全ての社員のエンゲージメントを、定期的にケアし、異動を自由にするなど、社員のモチベーション維持やパフォーマンスの最大化が叶いやすい社風を実現した事にあります。

【参考】人的資本経営の実現に向けた検討会報告書〜人材版伊藤レポート2.0〜/経済産業省

【おわりに】

いかがでしたか?筆者は「人を大切にする経営」を進める経営者の方々を取材するケースが多くあります。それらの企業は、総じて離職率が低く、理念に基づき社員の方々が自律的に行動しています。それゆえに、これだけ変化の激しい時代にあっても、失敗を恐れずチャレンジを繰り返し、企業自体も新たな領域に進出したり、組織を拡大したりしています。ただ、どの企業も「離職率が8割を超えていた」「社員のモチベーションが低かった」「雰囲気が最悪だった」など暗い過去がありました。つまり、経営者が覚悟を持って人的資本経営に取り組む事で、人も組織も変わったという事です。人的資本経営は、現代の日本企業にとって、無視できない経営手法だと考えています。

この記事を書いたひと

三神早耶(みかみさや)

大学卒業後、広告代理店に入社。企画営業と制作進行管理を兼務。その後、出版社でコンサルティング営業、国立大学でeラーニングツールの運営や広報サポートなどを担当し、2016年よりフリーライターに。経営者向けウェブメディア等で、経営者インタビュー、組織改革、DXなどについて取材・執筆。