コロナ禍で社員同士のコミュニケーションが減り、社会不安も高まる中で「経営理念」の重要性に注目が集まっています。実際、2020年に「経営理念」などの改訂を実施した・実施予定の企業が1割を超えました。改訂には大きなエネルギーを要する経営理念。
なぜいま、必要とされているのでしょうか?今回は、経営理念が注目を集める背景や、活用メリット、社員を巻き込んだ策定方法や、策定後に必要な○○まで…詳しくご紹介します。
いま注目されている「経営理念」
最初に、経団連の2020年の調査「第2回企業行動憲章に関するアンケート調査結果」を見てみましょう。「コロナ拡大後に経営理念・方針等に関して実施したアクション」として、「経営理念・存在意義・価値観を示す文章の改訂」が「実施した」「実施予定」合わせて14%となりました。
そもそも「経営理念」とは、企業活動に関する基本的な考え方や会社の存在意義となるもの。創業者が制定し、その後何十年も受け継がれることも少なくありません。「経営の神様」と呼ばれる京セラ名誉会長 稲盛和雄氏が、1959年の創業から間も無く「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」という経営理念を制定しましたが、この理念は半世紀以上経った現在も受け継がれています。
そんな「経営理念」の改訂には多大な覚悟とエネルギーが必要ですが、それでも改訂を実施・検討する企業が1割以上もあることから、このウィズ・コロナ時代に「経営理念」がいかに重要視されているのかが分かります。
コロナ禍で経営理念を改訂した企業
それでは、実際にどのような企業が改訂したのでしょうか。
まず、商社大手の「伊藤忠商事」です。同社では、1992年に制定された「豊かさを担う責任」という理念から、2020年に「三方よし」へ改訂しました。この「三方」とは「売り手」「買い手」「世間」のこと。自社だけでなく、取引先・株主・社員など多くのステークホルダー、そして社会課題の解決にも貢献したいという想いが込められているそうです。
また、三井物産も2020年にMission ・Vision・Valuesを改訂しました。もともとは「大切な地球と、そこに住む人びとの夢溢れる未来作りに貢献します」だったものを「世界中の未来をつくる」としています。ホームセンター カインズも2020年3月に企業理念を改訂しました。ビジョンとして「世界を、日常から変える。」を掲げています。
【出典】企業の1割強が経営理念を改定 コロナ禍が経営姿勢の更新を迫る
経営理念が必要とされる背景
それでは、近年なぜ「経営理念」が注目されているのでしょうか。
テレワークの推進・コロナ禍での不安でエンゲージメント低下
まずはコロナ禍の影響です。テレワークで顔を合わせることが無くなったり、社員同士の密な関わりが減ったりして、コミュニケーションが希薄になったと感じる企業は多いと思います。2020年の月間総務「モチベーションに関する調査」の結果を見てみましょう。
「テレワークの中で、会社の方向性を社員に伝えることができていると思いますか」という問いに対し「やや伝えにくくなった」と回答した人が63.8%にのぼりました。「とても伝えにくくなった」の15.3%と合わせると実に約8割の人が「伝えにくくなった」と感じています。
また「会社の方向性を伝えにくくなったことで、社員のエンゲージメントに変化はありますか」の質問に対しては「やや低下している」88.6%「とても低下している」7.1で、95%以上が低下を感じているという衝撃の結果となっています。
【出典】テレワークで「会社の方向性を伝えにくくなった」が79.1%、そのうち95.7%が社員のエンゲージメント低下を実感
年功序列や終身雇用が衰退し、会社への帰属意識が薄れている
かつては「年功序列」「終身雇用」といういわゆる日本的経営が一般的で、一度入社すれば、会社のためにがむしゃらに働き続けるという価値観が定着していました。しかしその慣習が崩壊し「大転職時代」とも呼ばれる今、「何のために会社が存在しているのか」「社員は何のために働いているのか」を明確化しなければ、社員とのエンゲージメントを確保することができなくなっています。
株式会社ラーニングエージェンシーは、2022年度入社の新入社員4,659名を対象に、働くことに関する価値観の調査を実施しました。「今の会社で働き続けたいですか?」という問いに対しては、
◎できれば今の会社で働き続けたい…57.5%
◎そのうち転職したい…16.8%
◎いつかは起業したい…4.0%
◎家庭に入りたい…1.4%
◎フリーランスとして独立したい…3.3%
という結果に。新卒時点で、働き続けたいと感じている人は半数程度にとどまっています。
【出典】製造業の新入社員は「今の会社で働き続けたい」が7割超え 安定志向、貢献意欲は高く、成長意欲は低め/株式会社ラーニングエージェンシー
経営理念を活用するメリット
それでは、経営理念を制定することで、どのようなメリットがあるのでしょうか。これまで、業績をV字回復させた経営者、「社員を幸せにすること」で表彰された経営者、多くの方のお話を聞いてきました。そのほとんどの会社で「経営理念」が制定されており、それが形骸化せずにきちんと社内に浸透していました。その状態を保つことによって、会社には以下のようなメリットがもたらされると感じました。
経営層が、ブレない経営方針を立てることができる
この会社は何のために存在しているのかを明確にすることによって、短期的・中長期的な経営計画もそのビジョンに沿ったものになります。結果、ブレない戦略に落とし込むことができ、VUCA時代と言われる不安定な環境にあっても安定した経営に注力することができます。
社員のモチベーション、エンゲージメントが向上する
先ほども触れましたが、社員が「何のために働くか」が明確になっていなければ、優秀な人材とのエンゲージメントを確保することが難しくなります。しかし、ここが明確化されていれば、組織が同じ方向を向いて進むことができます。また、仕事で迷った時、大きな決定が必要な時であっても、この方針が軸となり、正しい判断を下すことができるでしょう。結果、モチベーションやエンゲージメントの向上にもつながります
理念に共感する社員が入社する
「経営理念」を制定し、ホームページで発信したり、採用説明会などでしっかりと理念について語ったりすることによって、「理念に共感した」人材が入社するようになります。既に価値観が合っている状態で入社するため組織に馴染みやすく、そういった人材は離職率も低いと言われています。
総合転職エージェント株式会社ワークポートの調査「経営理念(ミッション・パーパス)」についてのアンケート調査において、「転職時に経営理念を重視するか?」という質問に対し、
◎とても重視する…22.3%
◎やや重視する…47.9%
という結果も出ています。具体的には「前職が理念を持たない会社で社内がバラバラだった」「経理理念に共感しなければ入社後のギャップを感じる可能性が高まる」など、一度就職して組織を経験したからこそ「経営理念」の大切さを理解できていることが分かります。
【出典】「経営理念(ミッション、パーパス)」が従業員にどの程度理解・共感されているかについてのアンケート調査/株式会社ワークポート
経営理念のつくりかた
それでは、経営理念はどのように策定すれば良いのでしょうか。これまで経営理念を組織に浸透させている経営者の方々のお話から紐解いていきます。
経営者が、これまでの歴史や考えを踏まえて策定する
冒頭でも触れたように「経営理念」は、創業者が自身の創業時の想いなどを言葉にして制定することも多いようです。人数の少ない組織や、経営者が圧倒的なカリスマ性で組織を引っ張るようなケースでは、この方法が有効かも知れません。
経営層や管理職で話し合う
経営者を含む、経営層で話し合いながら、時間をかけて制定する方法もあります。実際に、部長以上の社員と毎週集まってミーティングを重ね、1年以上かけて経営理念を制定したという会社もありました。その会社は、管理職自身が経営理念の制定に携わったことによって、制定時点でしっかりとそのビジョンが染み付いており、各部の部下たちにも浸透しやすかったとのこと。結果、皆が同じ方向を向いて仕事ができるようになり、取引先企業に喜ばれるだけでなく、離職率も減ったということでした。
社員全員、もしくは有志のメンバーが集まりディスカッションする
最後は、社員らが決めるという方法もあります。役職者だけでなく社員も一緒になり、自分が働く会社について考え、その存在意義を明確化するためのワークなどを実施します。実際に、保険大手のオリックス生命では、2019年4月に理念と行動基準を刷新。そのプロジェクトは社内の23名の有志でスタートし、「想いを、心に響くカタチに。」という理念が誕生しました。トップダウンではなく、ボトムアップで決まった会社の方針。現場の声から生まれた方針は、多くの社員の「共感」を得られたことでしょう。
【参考】成長・拡大する組織は理念で結べ──社員2,000名超を擁するオリックス生命に学ぶ、多様性ある組織のマネジメント方法/FASTGROW
経営理念は策定だけではNG 浸透までを考えて
いかがでしたか?経営理念の策定についてお話しましたが、理念は作ってからが「本番」。「私は、このために働いている」と社員が認識できるようになるまで、浸透させる必要があります。その方法については、
◎朝礼などで復唱する
◎中長期の経営計画を、経営理念に沿ったものにする
◎経営理念に紐づいた「行動指針」を作り、それを評価と紐づける
などがあります。「復唱」はかなりアナログな方法ではありますが、覚えるという意味では有効なのかも知れません。また、経営計画を理念に沿ったものにすることで、それぞれの部署、チーム、個人に降りてくる「目標」も理念がベースとなります。それによって、自然と理念に沿って動く組織に変わります。また理念にそった「行動指針」を策定し、評価に紐づけるという方法は、実際に多くの企業で導入されています。「評価」に関わるため、普段から社員は理念・行動指針を意識して動くようになるのです。
経営者のお話を聴くたびに、形骸化していない「経営理念」の大切さに気づきます。今や人材側も求めている「経営理念」。中小企業を中心にまだ制定されていない、あるいは形骸化しているという声も多く聞かれます。今こそ、見直す時期に来ているのかも知れません。
この記事を書いたひと
三神早耶(みかみさや)
大学卒業後、広告代理店に入社。企画営業と制作進行管理を兼務。その後、出版社でコンサルティング営業、国立大学でeラーニングツールの運営や広報サポートなどを担当し、2016年よりフリーライターに。経営者向けウェブメディア等で、経営者インタビュー、組織改革、DXなどについて取材・執筆。