近年、「社員の幸せ」を重視する経営が注目を集めています。カリフォルニア大学の研究で「幸福度の高い社員」は、そうでない社員よりも売り上げが37%高い等の結果が公表されました。
これによって「社員の幸せ」と「企業の業績」の関係性が証明されたことや、働き手不足により経営資源の「ヒト」が、より重視されるようになったということが、背景にありそうです。
今回は、そもそも「社員の幸せ」を構成する要素とは何なのか、社員の幸せと業績が関係するという研究結果、そして社員の幸せの測り方。さらには、「社員の幸せ」を追求する経営で知られる3社の企業事例までご紹介します。
そもそも「社員の幸せ」とは何か
近年、「社員の幸せ」を意識する経営者が増えています。
社員の幸せが注目される背景
まず、なぜ「社員の幸せ」が注目されているのかについて見ていきましょう。社員が、働く事に「幸せ」を感じると、一般的には以下のようなメリットがあると言われています。
◎社員のモチベーションアップ
◎社員の定着率の向上
◎組織の生産性向上
◎企業の業績向上
実際に、カリフォルニア大学の教授らが実施した学術研究の分析により「幸福度の高い社員」は、そうでない社員よりも、
◎生産性…37%
◎売り上げ…37%
◎創造性…3倍
も高いという結果が出ています。つまり、「社員の幸福度と生産性や業績に因果関係がある」ということは、事実として証明されているのです。近年の日本企業の経営課題は、
1位/収益性向上…40.8%
2位/人材の強化(採用・育成・多様化への対応)…37.7%
3位/売り上げ・シェア拡大…35.2%
(日本能率協会「日本企業の経営課題2021」)
つまり「社員の幸せ」を追求することは、経営課題を解決するために欠かせない取り組みであるとも言えます。実際に、経営者の73.3%が「社員幸福度と売り上げ」に関係性があることを認識しているという調査結果も出ています。
【出典】
社員がワクワクしながら働く会社ほど、生産性・持続性が高い心理学的な理由/ダイヤモンド・オンライン
『日本企業の経営課題 2021』調査結果速報【第1弾】/一般社団法人日本能率協会
約9割の経営者が「社員幸福度」が重要と認識するも、そのうち約8割は「幸福度調査」を実施していない事実/PR TIMES
社員の幸せを構成する要素とは
それでは、どうすれば社員は幸せになるのでしょうか。
2020年、慶應義塾大学前野隆司研究室と人材大手パーソルグループのパーソル総合研究所が「はたらく人の幸福学プロジェクト」を実施し、「働く人の幸せ・不幸せをもたらす普遍的な7つの要因」を発表。話題となりました。
具体的に、働く人の「幸せ」をもたらす因子は以下の7つ、
【はたらく人の幸せの7因子】
・自己成長(新たな学び)
・リフレッシュ(ほっと一息)
・チームワーク(ともに歩む)
・他者承認(見てもらえる)
・他者貢献(誰かのため)
・自己裁量(マイペース)
・役割認識(自分ゴト)
逆に「不幸せをもたらす因子」を、以下の7つと定義しています。
【はたらく人の不幸せの7因子】
・自己抑制(自分なんて)
・理不尽(ハラスメント)
・協働不全(職場バラバラ)
・不快空間(職場イヤイヤ)
・評価不満(報われない)
・疎外感(ひとりぼっち)
・オーバーワーク(ヘトヘト)
いかがでしょうか?モヤモヤしていた「幸せ」「不幸せ」の要因がはっきりと言語化され、納得感を感じられた方も多いのではないでしょうか。
私もかつて、いわゆる「ブラック企業」に勤務した経験があります。思い返してみると、不幸せの7因子のうち、5つに当てはまっていました。人事評価制度が確立しておらず、毎日深夜残業。また、ハラスメントも横行していました。当然、モチベーションが「休日」「給与」だけになってしまい、離職率も常に高かったことを覚えています。
【出典】はたらく人の幸せに関する調査 結果報告書/パーソル総合研究所
社員の幸せの測り方
社員が幸せ・不幸せを感じる要因については、理解できました。それでは、社員が幸せを感じているかどうかを、どのように測れば良いのでしょうか。具体的な方法は、いくつかあります。
◎従業員満足度(ES)調査を実施する
現在の仕事内容や職場環境、組織内での人間関係などについての満足度を、主にアンケート形式でヒアリングするものです。少し「幸福度」とは異なりますが、オリジナルの設問が設定できるツールも多いため、カスタマイズによって満足度・幸福度の両方を把握することもできます。
◎自己申告などの際に、幸福度に関する設問を設ける
異動についての希望やキャリアの展望、その他、社員の要望をヒアリングする機会である「自己申告」。その際に、設問の一つとして現在の幸福度を回答してもらうという方法もあります。
◎1on1など、面談の際にヒアリングする
日頃の幸福度を把握したい場合は、より頻度の高い「1on1」「定期面談」の際に上司が直接ヒアリングするという方法もあります。「幸せ」についてコミュニケーションをとる頻度が高ければ、上司・部下双方が「幸せ」を意識しながら働くことにも繋がります。
先出の慶應義塾大学前野隆司研究室とパーソル総合研究所が共同開発したWeb診断ツール「はたらく人の幸せ/不幸せ診断」を使えば、幸せの7要因/不幸せの7要因を軸に、無料で幸福度を測ることもできます。誰でもすぐに計測することができるため、会社単位でなく個人でも簡単に利用できます。
社員の幸せを重視する経営の企業事例
それでは、実際に社員の幸せを重視する経営に取り組んでいる企業事例を見てみましょう。
ネッツトヨタ南国 (高知県)
ネッツトヨタ南国は、1980年に創業したディーラーです。過去には、お客様満足度で12年連続全国No.1、またトヨタ自動車の総合表彰も14年連続受賞している、優良企業。同社の経営理念には、「全社員が人生の勝利者となるために」と掲げられています。
経営で最も重視しているのは、会社の利益ではなく「社員の幸せ」。かつては離職率も高く、社内の雰囲気も悪かったという同社。ある時、現相談役である横田英毅氏が「お客様に喜んでもらうことで、社員が満足を感じる組織にできる」と気づき、経営方針を転換。飛び込み営業や価格競争など、社員と顧客の負担になるような営業方法をストップしました。
そこからは、「すべてはお客様の幸せのために」を重視し、顧客との関係性構築に尽力。例えば、定休日を無くし営業時間を延長。カフェのようなショールームでは、顧客に安価な朝定食をふるまうなど、他社とは一味違うサービスを提供します。さらには、ルールやマニュアルを一切設けず、それぞれの社員が自主性をもって考えた取り組みを尊重する経営にシフト。社員に大きなやりがいも生まれ、丁寧な採用活動も功を奏して、現在の離職率は異例の約1%となっています。
社員の幸せを追求することで、顧客満足度、そして業績も伴う。それを体現しているのが、まさにネッツトヨタ南国の事例であると言えます。
【参考】社員の幸せを求め続けて辿りついた12年連続顧客満足度日本一。/ヒトカラえひめ
【参考】なぜ「利益を優先しない経営」で成功したのか/PRESIDENT Online
PHONE APPLI(東京都)
近年、社員の幸せを追求する分かりやすい経営手法として注目されているのが「ウェルビーイング経営」です。
コミュニケーションポータルサービスの提供や、働き方コンサルティング事業を手がける株式会社PHONE APPLI(東京都)は、率先してこの経営手法を実行し、書籍「ウェルビーイング経営!社員の笑顔が会社を成長に導く(小学館スクウェア)」でも知られています。ウェルビーイングとは、肉体的・精神的・社会的、このすべてが満たされた状態にあることを言います。時に、「幸福」と直訳されることもあります。
同社では2018年より健康経営を推進。「社員が健康でいきいきと働いている」状態を目指し、運動・食事・睡眠など業務以外の部分に関する啓発を実施するとともに、社内のコミュニケーション改革にも注力してきました。さらには、「CaMP(キャンプ)」と命名されたオフィスにはテントが張られ、緑の多いリラックスできる空間で仕事を進めることができます。
社員がウェルビーイングな状態であることによって、イキイキと働くことができ、そのパフォーマンスを最大化できる。そうすれば、組織活性化・コミュニケーション活性化・エンゲージメントの向上に繋がり、最終的に経営課題の解決やイノベーションにも繋がる。同社はこれを掲げ、自社だけでなく多くの企業でウェルビーイング経営の取り組みを支援しています。
未来工業株式会社(岐阜県)
社員の自主性を尊重し、しばしば「日本一社員が幸せ」と紹介される会社が、岐阜県に本社を置く未来工業。電設資材などの製造メーカーで、中でも電気系統の「スイッチボックス」では国内シェアNo.1です。設立以来、赤字はゼロという異例の業績を誇る同社では、60年以上も前から社員が自律的に働く組織を目指し、
◎ホウレンソウを強制しない
◎原則、残業ゼロ
◎年間休日約140日
◎1件の改善提案で500円支給
などユニークな施策を実施しています。同社の社是は「常に考える」。それにより年間で14,000件ものアイデアが集まり、そこから顧客のニーズにマッチしたものがどんどん商品化されています。
そんな未来工業も、ネッツトヨタ南国と同様に離職率が約1%。ワークライフバランスを保てる上に、ルールに縛られず、どんなアイデアも受け入れられる環境。社員がそこで働く自分の価値を見出すことができ、自然と働くことに意味や幸せを感じた結果であると言えるでしょう。
【参考】「日本一社員が幸せな企業」未来工業に学ぶ、企業と社員のあるべき関係性とは?/あしたメディア
【参考】<未来工業>日本一幸せな会社をつくった、「常に考える」精神/COLOcal
社員の幸せを追求するには、まず自社の状態を知ること
いかがでしたか?私も経営者インタビューの仕事では「社員の幸せ」を追求する企業を取材する機会が多くあります。そこで、どの企業でも実践されているのが「自律的な組織」にするための取り組み。トップダウンではなく、社員一人ひとりの声を丁寧に吸い上げ、そこから一緒に組織を作り上げていく姿勢を大切にされています。それによって、社員自身が自分自身の価値を見出し、イキイキと働くことができているのだと思います。
人生で多くの時間を費やす「働く」ということ。仕事の幸せは、人生の幸せに直結すると言っても過言ではありません。もっと社員の幸せを意識する企業が増え、コロナ禍やVUCA時代とも言われる厳しい環境の中でも、社会全体が元気な世の中になればいいな…と願うばかりです。
この記事を書いたひと
三神早耶(みかみさや)
大学卒業後、広告代理店に入社。企画営業と制作進行管理を兼務。その後、出版社でコンサルティング営業、国立大学でeラーニングツールの運営や広報サポートなどを担当し、2016年よりフリーライターに。経営者向けウェブメディア等で、経営者インタビュー、組織改革、DXなどについて取材・執筆。